米中AI競争に巻き込まれたスイス チップ供給に制限
米国政府は、中国への技術流出を防ぐため、エヌビディアなどのAI半導体輸出規制を強化する。同盟国は無制限のアクセスが認められるが、スイスは含まれていない。この大統領命が施行されれば、国内業界への打撃は必至だ。
おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
ジョー・バイデン前米大統領は政権移行直前、高度AI半導体の輸出制限を強化する大統領令に署名した。最新世代のAIチップ生産を独占する米国は、中国やロシアのような競合大国に米国の技術革新やハードウェアが流出、ひいては自国の利益を害することを恐れている。
米国の輸出規制は世界を3つの地域区分に分け、そのうちの1つであるフランス、ドイツ、日本、オランダなど米国の主要同盟国・パートナー国(地域)は、米国の高度AIチップを無制限で購入できる。
しかし、スイスはそこに含まれていない。このため、医薬品や医療機器メーカー、自動運転車、ロボット産業から金融に至るまで、AIイノベーションを活用するスイスの様々な産業に影響を与える可能性がある。
この規制は5月に施行予定だが、ドナルド・トランプ新政権がそれを踏襲するかは定かではない。それにもかかわらず、スイスは自国の立場を改善しようと躍起になっている。
ギー・パルムラン経済相は独語圏の大手紙NZZ日曜版に「米国は国々を異なる区分に分類する。この分類は理解に苦しむ」と語った。「私たちは2番目の区分に属し、供給されるチップの数が減る。その理由をまず理解する必要がある。セキュリティ上の懸念なのか?スイスの開発を遅らせるためなのか?」
AIの爆発的成長
この問題は、中国AI企業ディープシークの新モデル「R1」の登場によって、さらに複雑になった。R1は米オープンAIのChatGPTに匹敵する性能を開発・運用コストを大幅に抑えて実現し、業界を驚かせた。
さらに、ディープシークはそれをオープンソースとしてすぐに公開し、他の企業が模倣できるようにした。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のAIセンター共同ディレクター、マルセル・サラテ氏は、スイスはちょうど悪いタイミングで、重要なハードウェアの不足というまずい状況に直面しているという。
同氏は「AIが爆発的に成長する時代において、スイスは演算能力で制約を受けるわけにはいかない」とswissinfo.chに語った。ディープシークの驚異的な効率性は諸刃の剣だとも話す。より低コストで高い処理能力を実現したが、それによってAI開発のペースは上がり、チップ需要は増すだけだという。
サラテ氏は「AIモデルの継続的な改良に伴い、AI需要は爆発的に増加し、現在の演算能力需要はあっという間に使い果たされる」と予測する。
新しい思考マシン
サラテ氏の主張を証明するかのように、オープンソースのAIコミュニティ「ハギング・フェイス」の開発者たちはここ数日で、ディープシークの手法を模倣し、700種類のAIモデルを作った。これらのモデルは、患者の病歴を迅速に選別し医師の診断を助けるなど、特定のタスクに使うことができる。
ハギング・フェイスのシニア・リサーチ・サイエンティスト、ルイス・タンストール氏は「R1は、クローズドでプロプライエタリ(非公開という意味)なモデルとオープンソースの間のギャップを効果的に埋めた。これによって、世界中の人々が、この新しい思考マシンを手にすることがどんなものかを味わうことができる」
自国の科学技術強化を目指すスイスの非営利団体CH++は、米国のチップ供給規制が5月に施行された場合、スイスが2025〜2027年に購入できる最高クラスAIチップは約1万6500個に制限される。その約60%はスイスの大手企業20社が容易に使い切るだろう、と同団体はプレスリリースで指摘した。
「スパコンのアップグレードは困難」
スイスのスーパーコンピューターAlps(アルプス)は、現在1万752個のエヌビディア製最先端Grace Hopperチップを使用している。
スイス国立スーパーコンピューティング・センター(CSCS)は昨年秋にこのスパコンを公開し、現時点では十分なチップ数を確保している。しかし、CSCSのマリア・グラツィア・ジュフレダ副所長はSWI swissinfo.chに「このような制限が続くと、将来のシステムのアップグレードに影響が出るかもしれない。2028年から2032年にかけてのアップグレードを決めた場合などだ」と話す。
瑞米商工会議所のラフル・サッガル最高経営責任者(CEO)も、米国のチップ供給制限がスイスのスパコンや連邦工科大学でのAI研究活動に与える影響を懸念する。スイスでの重要なAI研究が制限されると、米国の対スイス投資に悪影響が及ぶ恐れがあるという。
サッガル氏は「輸出規制が実施されれば、スイスと米国の貿易関係にしわよせがいく。特に影響を受けるのは、米国のAIチップに大きく依存する研究機関だろう」と話す。
「両国間の研究や知識の交流が制限され、米国の対スイス投資が減少するおそれがある。多くの米国企業がスイスに研究拠点を置いているからだ」
実際、オープンAIやAnthropicといった米国の有力AI企業がチューリヒにオフィスを開いた。
サラテ氏は「最新のAIチップには賞味期限がある。数年ごとに次世代チップが登場すればそれらは時代遅れになる」と話す。「我々の現在のインフラは何十年も持たない」
「私たちはすでに、今後5年間にあと何個チップが必要になるかを考えている。注文できるかどうかもわからないとなれば、計画を立てるのは不可能だ」
最新世代のAIチップを生産できる国がほかにないため、米国の輸出規制が実施されれば、スイスは困難な選択肢を迫られる。
編集:Virginie Mangin/sb、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。